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裁かるる日々

スポーツとモード ーランナーはバウハウスたりうるかー

ツイッターで「あんま長く着れるものばっかりで身を固めるとバウハウスみたいになる」ていうようなツイートが流れてきて、はっとしたんだけど、私は服もバウハウスみたいなのが好きなのね。ミニマリズムが。機能と美のせめぎ合いが。それが四六時中好きなのです。できるだけいついかなる時もそうしていたいのです。という気持ち、からの、リュックサックのときと似たような、瑣末な紆余曲折の話。

私はこの二ヶ月、ジョギングをしている。
二ヶ月走っていますと、だいたい、専用の衣料の必要性が出てきて、買い揃えていくわけです。ただ身につけるもので、なるべく長く快適に使いたいものなので、自然機能性と可能な限りのファッション性を備えていて欲しいと願いながら探すわけです。ま、予算の問題もあるけど。一通り買い揃えて文句が溜まってきただけなんですけど。ランナーはみんなこういう葛藤を経ているものなんだろうか?私だけ?けっこう走ってる人は目にするんだけど、男の人はけっこうざっくりとした格好で走ってますよね。女の人はわりときちんと専用のウェア着てるかな。でも、オサレ的に参考にしたいような人は見たことが無い。雑誌などでも見たことが無い。

とりあえず順にご紹介していきましょう

1_ ランニングシューズ
これは絶対に専用のものが必要。茶道における茶筅のようなもんで。これはさいわいにもさほど難がなく、ナイキのフリーの白いのに決めた。いや正確に言うと、延々探してもルドルフダスラーのようなランニングシューズは現在の日本社会にはどうも存在しないらしいということがわかったから。しかし及第点だと思う。しかし上級者用となるとほぼほぼいかにもランニングシューズってのしかない。アディゼロとか頑張っている気はするが、あれだってなかなかストリートファッションに落とし込めないですよ。落とし込もうとするなよって話だが。

2_ スポーツブラ
これはいかなワコールでもフリフリのキラキラというわけにいかず、他人様にも見せませんので普通に黒のいかにもスポブラを購入。スポブラつっても最近は部屋着的な感じでちょっとおしゃれなのもあるけど、ランニングにはあれは使えないんだそうで選択の余地無し。女子はこれも茶筅的必需品。クーパー靭帯が損傷しないようにね。(http://beastyle.com/bustup/basic/cooper.html)

3_ ランニングタイツ
たぶんあってもなくてもいいんだが、私はなにぶん運動音痴なので膝とか脚の故障が心配なのと、素足では寒いのと、ろくなジャージを持っていなかったので購入。1着目はケツポケにiPhoneを入れるためナイキの黒を購入。しかし実際走ってみると揺れまくって気になりまくってまったくiPhone入れには適さないことがわかった…。Iphoneは仕方なくアウターに入れることにしました。そのうち、洗濯が面倒なので2着目を買った。次はちょっと遊び心があってもいいだろうということで、ステラ×アディダスのを買った。そしたらこれも走ると、デザイン部のなんつうの、刺繍というかステッチの部分が擦れて絶妙に痒い。しばらく走ってれば慣れてくるんだが、これを堪えてまで着るのはバカバカしいってんで結局使ってない。このように、スポーツウェアってのは着て実際に競技しないとわかんないんだよね。そこがつらい。まあたとえばヒール靴だって数時間外歩かないとわかんないすけどね。

4_ ウインドブレーカー
持ってるやつを使ってたんだけど、防水に難があるのとサイズが大きいのとフードが無いんで、ナイキのXSを購入。サイズ、超ジャスト。…しかし、しかしこれも走ってみると、あのーフードの紐が、パンパンパンパンパンパンパンパン、…顔に当たる。がっちり結んでから走らないといけないわけよ…しかもサイズがジャストでリブがあってポケットにiPhone入れてると、どんどんずりあがってきてリブが中に折れてきて、かさばるわけ。ああ、もう。もう、ウインドブレーカー着なくても良い気候になってきたんで、もう今季は買わないけど、あゝ、ウインドブレーカー。

5_ シャツ(インナー)
これは手持ちのTシャツでいいだろうと思っていてしばらくTシャツで走ってたんだけど、やはり汗だくが気持ち悪いので購入を決意。しかしオサレなのは無いもんで。なんかあのー、機能性なんだろうと思うんだけど、あのースポーツウェアに特徴的な流線型のステッチとか線て、まったくファッショナブルじゃない、再確認。あきらめてナイキの無難なものを購入。…無難無難でナイキが結局増えてきている。スポーツウェア界におけるナイキは、ファッション界におけるアーペーセーであるなという気がしている。無難最高峰。そう思えば、アーペーセーってユニクロにけっこう売り上げ食われたんじゃないか。って前も言ったような。

6_ キャップ
雨が降っても走りたい。少々日が差していても走りたい。ならば、キャップが要る。これは難儀した。私はだいたい帽子は似合うんだけど、キャップってねえ。殊に女でキャップってねえ。オサレ無理でしょ。これはスポーツブランドでは結局機能的に(UVしっかりかつドライかつ鍔長)良いのが見つからず、アウトドアブランドにシフトする羽目に。ベストはコロンビアだったんだが、ご予算の都合上ノースフェイス。コロンビアは機能性が非常に高い。

7_ パンツ
タイツを買ったのでショートパンツかハーフパンツだろうと。ここくらいはオサレしたい。できそう。なところであるが、ポケットが必要になってくると、なかなかスポーツ用のはね、今はケツポケが主流になっていて、ケツポケは前述のトラウマがあるので避けたいので、なかなか買えない。てなわけで、小学生のときに使っていたものを流用し、買ってない…

という感じで一応ウェアが揃いました。

ブランドに関する補足
1_ ナイキ ≒アーペーセー
2_ プーマ ウェアはプーマに期待してたんだが、オリジナルはわりと半端なものが多くて使えない。
3_ UM オサレなんだけどあくまでもあれはタウンユース、百歩譲ってヨガ。
4_ アディダス あまりランニングには力入れてなくて使えそうなものが無い。
5_ ステラ×アディダス なんか見た目的にUMよりスポーツに使えそうにも見えるんだけど、実質UMと同様と思われ。
6_ アシックス 色や機能はよさそうなんだけど、実際手にするとなんかあか抜けないんだよな。ロゴマークももさい。
7_ ミズノ 機能的にはいいって聞くんですけど略。最近+meという山女子とか向けのファッション性を重視したラインを出したけど、ああいうのは私は着れない。小さい水玉柄とかさ。アースミュージックアンドエコロジーとか着てる子は良いんじゃないだろうか。あとアウトドアブランドものが着れる子。チャムスとか普段使いできる層ね。


ランニングウェア選びを通して、私の求めているオサレってまあ、なんかやっぱりモード、アンチテーゼ、余裕、思想、といったようなことなんだなと思った。スポーツウェアは身体活動に特化せざるをえないですからね、よけいなことはほんとうになかなかできていかない、ステラマッカートニーやフセインチャラヤンががんばってもランニングとは両立できないわけよね。

そのような折り合いのもとに日々つつましく走っております。
# by yourchoice | 2012-05-03 22:38 | 服飾 | Trackback | Comments(0)

たかが一服されど一服

茶道具を着実に買い揃えている。
茶室にも日々惹かれている。
というか、行くたびにインビな妄想をしてしまう。
文化財貸し切ってセクシーな人とエロいことしたい。うむ。

ただいまだ作法を身につける予定はありません。
茶道を教養として習っているいいとこのおうちの知り合いに話を聞いたことがあるのだけれど、とても私風情が習えると思えるようなものではないですね、話は面白いですけどね。はい。

昨年より抹茶を飲み出し、飲み続け、茶筅、茶杓、茶筅立て、抹茶茶碗、楊子(象牙)、そして先日ついに柄杓を買いました。抹茶というか、茶道というか、あのーお茶は、道具がなってないと本当に違和感があってどうにもならんのです。まあ他のこともそうかもしれないけども。自分一人でただ飲むだけなんだけども、道具がなってないとどうも流れが悪いのです。怖い。楊子も買わんでいいようなもんだけれど、ときどき抹茶と一緒に和菓子(上生菓子)食うでしょう、やっぱりそのときに要るわけ、切るのが。フォークや爪楊枝はいまいちなんだよね。お湯もね、べつにポットや鍋や薬罐からだじじじじと入れたってね、いいじゃないの、とずっと思ってたしそうやってたんですけど、跳ねるんすよ、やっぱり。その拍子に抹茶に茶碗の縁近くまで跳ねられると、点てにくくて気になるわけですよ。ね。量も測りづらいし。そんなら柄杓で8分目掬って静かに素早く注いだ方がよろしい。

そのようにして人は趣味に金を注ぎ込んでいくのでしょう。

おわりに、抹茶の名前についての小話。
いろいろ、抹茶には風流な名前がついてるわけです、私はいちいち覚えてないけども。流派とかわからないしどうでもよいし、出せる額ってのは決まってるんで、いつも値段で買う。しかし先日、同じ値段で2種類あったんで、何が違うのかと、店員に問うたわけです。したらですねー、「表千家と裏千家で茶銘が違うんです。中身は一緒です」とおっしゃる。…ハァ?私はどちらでも良いので適当に包んでくださいとその場を引き取ったが、帰ってそりゃググるわなあ。そしたらですねー、お茶の師匠って、お茶に名前を付けるんだそうですね。えらい人ですよ。えらい先生が。以下URLを参照するとまー、出てくること出てくること。私の買ったお茶にも、「○○匠御好」と但し書きまでしてある。はあ。半端ないっすね。

茶銘
http://blog.goo.ne.jp/m-tamago/e/db991a54914c58649c962e1dd9764626
# by yourchoice | 2012-04-25 01:30 | 文化 | Trackback | Comments(0)

テラ・インコグニタ

最近ジョギングするようになった。
日常の悶々から逃げたくて、ずっと延々と走ることができれば、
どこかへ行けるんじゃないかとうっすら期待して。

私は体育ができなかった。
高校のときはマラソン大会で8キロ走らされた。
大会の前一ヶ月くらいはもちろん体育の時間がマラソンの練習になって、
毎時間4キロくらい走らされる。
それがいやでいやだったのだけれど、
ダイエットも伸び悩んできたし、体力もつけたいし、どこかへ行けるかもしれないし、
走ってみたいという気分になってきた。
それでやっとランニングシューズを買って、走るようになった。

一応ランニングの本を買って、それを参考に走ってみたら、私でもすぐ4キロくらい走れた。
おお、すげえ。高校生の自分に教えてやりたい。
まあ、当時より8キロくらい体重が軽いので、同じようにはいかないかもしれないけど。

走ったあとは、気持ちが良い。すかっとしている。さわやかだ。
しかし、どこかへ行けるっていうのとは違う。むしろ目の前がはっきりするような感覚がある。
べつに逃げられない。筋肉もつくし、カロリーは消費するし、老廃物を排出するので美容にも良い。ただ「ここではないどこかへ」行けるのではないんだな、ということがわかった。ま、まだ10キロくらいまでしか走ってませんけど。でも、あの苦しくて仕方がなかったマラソン大会を超える距離を、さほど難なく走れるようになった。そんなことでも、人生何が起こるかわからないなと思う。

その他、自分がどう歩いているのかよくわかるようになった。金哲彦によると、楽に走るには肩甲骨、骨盤、着地が大事なんだそうで。まだフォームができているというところまではいかないけど、左右の偏り、きちんと地面を踏むということ、骨盤の使い方、肩甲骨の重要性、といったことがわかってきた。ちなみに、この3点を参考に歩くと、モデル歩きになる。あのランウェーのモデルは、カッコつけてるのではないんだと。それも多少はあるんだろうけど、基本的には合理的に歩くためにああいった歩き方なのだと勉強になった。

人生は幻想を打ち破っては範囲を広げる旅なんだろう。こわいこといっぱいあるけど、打ち破っていくことも大事なんだなと。われながらいい年してなんや、と思うけど。でも先日知人から春樹がランナー人生について書いた『走ることについて語るときに僕の語ること』という本を教えられて読んだんだけど、春樹は「まだじゅうぶん若い。でももう「青年」とは言えない」33歳で走り始めたんだよね。小説家として新しい生活を始めた時期に。それを知って心強くなった。私には春樹みたいに決意を持って新しく始める何かが決まっているわけではないけどね。この本はとても興味深い本だったので、機会があれば別途感想を述べたい。

ひとまずさようなら、ランナーズ・ハイ幻想。

めざせ、脱ロマン。
# by yourchoice | 2012-04-15 01:26 | Trackback | Comments(0)

「磯崎新 ビルトとアンビルト」

大分駅の近くにアートプラザという建物がある。
大分出身の建築家、磯崎新の作品(1966)であり、以前は県立図書館として使われていた建物である。
そこが県立図書館でなくなるとき、その建物も壊してしまうかどうか議論になったそうだが、
なんとか有志の出資者のおかげで、前面の階段に改修を加える程度で現存しているということである。
そこの3階に、建築家・磯崎新の展示室がある。

私は磯崎新について詳しくは知らなかった。
安藤忠雄、隈健吾、伊東豊雄、そして磯崎新、といった感じに、世界的に有名な日本の現代建築家という程度で、つまりミーハーな気持ちで覗き見に行った。まあ急げば15分くらいで概観できる程度の内容のつもりで。

しかし実際のところ、研究者が監修している充実した内容の展示だった。
しかし興味を持っている人ならば十分楽しめるもので、結局1時間ほどいた。
そして最終的には、私はすっかり磯崎新に惹かれて出てきた。

結論から言えば、磯崎新は夢を語る種類の人間である。
正確に言えば、磯崎新という名前には、一定の世界観がある。

磯崎は「ビルト(構想設計し実際に建築されたもの)」「アンビルト(建築されなかったもの)」として、どちらも大事にしている。むしろ、純粋に思想を表現できる手段として、「アンビルト」を重視している傾向すらある。

興味を惹かれたのはたとえば「海市計画(1996)」だった。これは磯崎新なりの「ユートピア」の表現だったらしい。こういうヴィジョンの建築計画みたいなものはときどき目にするが、ビジュアルとタイトルにやけに魅力を感じた。私はスワロウテイルのような物語を持ったフィクションを想像した。この計画は実現することはおそらくないだろう。しかし、見てると何か楽しい、想像すると何か楽しい。磯崎新という名前の魅力はそこにある。ビジュアルだけでなく、言葉だけでもなく、両方を行き来しながら描かれる不定形の世界が興味深い。

ビルトとアンビルトについての展示室は5つ。それ以降は小さな展示室が3つほど続き、建築作品以外の磯崎新が紹介されている。生い立ちや篠山紀信とのイタリア旅行、学生時代の修学旅行、景勝地での写真など。この一連の展示がまた良い。演出がにくいんです。良い名前にはこういう方が付くものなのである。内田百における平山三郎やヒマラヤ山系のごとく。

そしてやはり、この建物自体が、磯崎新を紹介するにふさわしいのだろうと思う。この建物は前申す通り、彼のキャリアの早いうちに建設された。私が特別気に入ったのは、後ろ3つの展示室の、入り口や階段の風情だった。




(なぜか回転できない…)この入口はとてもはっきりとした絵画的なフレームである。面の丸い、手触りを感じるコンクリート、これは荒川修作の初期の棺の作品群を想起させる。そしてこの緑。それに、この階段がなんとも味がある。緑の廊下から続く、なんとなく平坦でない足場、そして金の縁取り。父親の代から中国に縁があった影響ではないか、という雰囲気の細工。大陸への広がりを感じるところが、私には魅力的なのだろうと思う。GO BACK TO CHINA. 大して上品とも言えない、青さが妙に滲んだその様子が、可能性を感じさせて気持ちが良い。

ところで最近、表現者には種類があって、
・完全に本業の作品のみで勝負する人
・本業以外のところの手段を使って合わせ技で面白い人
があるのではないかと考えるようになった。

少し逸れるけれど、先日「感じる服 考える服」というファッション展覧会に行った。私はケイスケカンダというデザイナーが好きで、やはり今回も彼の展示には打ちのめされたのだけれど、種類としては彼は合わせ技の人だと思う。私は彼の服それだけを見た、だけではおそらく興味は惹かれない。実際、似合うものが少ないだろうと予測する。着てみたい、触れてみたいという気になるか微妙である。しかし彼は演出が秀逸なのである。

私が彼を知ったのは密売東京のサイトだった。「りぼんの戦士」というリボンのプラモデルである。商品自体も面白くなくはない、けれど私には普段はあまり関係がない。しかし、「りぼんの戦士」と銘打たれた途端、私に引っかかってくる。りぼんの、戦士。安直なようだがかわいさや自分や社会の目と戦う健気な女子の味方、という優しいイメージが湧いてくるではないですか。なんだろうこの人、と思った。

そして先日展示を見て、紹介文のところに、神田さんの言葉があって、ぼくはテーマやコンセプトはぜんぜんどうでもいいんだと。女の子がぼくの服を着て笑ってくれる、そんな服が作りたいんだと。そう言うんです。でも逆説的なようだけれど、この言葉は今の少なくとも有名ドメの中では非常に個性的なテーマやコンセプトです。だってドメだとしても、ショーモデルは外国人が多かったり、日本人であってもモデルらしいモデルを使うブランドが圧倒的で、それはある種の差異への欲望を掻き立てるかもしれないけど、このご時世、その厳しさに多くの人が惹きつけられてくるのか、またそれが「新しい」のかどうか、私はそのことにとても違和感を持っていたのだけれど、ケイスケカンダはそこにアンチを唱える(ま、敵視するのではなくあくまで自分は、てのでまた自然でうまい)。

ファッション美術館で、他のブランドはかっこいいモデルを使ったショーのビデオが流れていたのに、ケイスケカンダは、彼の服が好きな、特別ではない男子や女子のインタビューで構成されていた。特別美人でも美男でもなかったりする。そこに非常に心を打たれて、私は涙を禁じ得なかったです。ただミナペルホネンは二階堂和美がモデルだったんで、あれはあれで、独自路線かと思うけど(笑)。 まあケイスケカンダの場合は、私の服に対する思想と共鳴するものがあったから、かもしれないけど。

しかしブランドイメージといったときに、「無理をしない」という路線で広告やショーをやるブランドはほとんどないんです。なぜなら、日常と差異化できない、差異化しづらいからだろうと思う。デザイナーズブランドはね。しかしケイスケカンダは、あえて日常に侵食してくるんだと思うんですね。侵食っていったら言葉悪いけど、寄り添ってくるっていうかな。素直に。でもね、これなかなかできることじゃないです(©牛河)。カッコつけている方がなんぼか楽だし言い訳もできる。でも、君に笑って欲しいっていう、言い訳のできないところでケイスケカンダは表現をしていて、私は着る、着ないはまあべつにしてすごく好きなブランドです。着たことないのに、好きなブランドとか言って、変だけど、このブランドはそれが通用すると思うのね。

つまりなにが言いたかったのかというと、後者の表現者は、服だけではなく、言葉や演出といったところまで含めた強烈な世界観で人々を魅了してしまう表現者のことである。

磯崎新もつまり合わせ技の人なのではないか。
もちろん建築作品それ自体世界的評価の高い建築家だ。だからべつに彼が建築家としてどうこうではなく、彼の魅力はそこにとどまらないということです。ビルトとアンビルト、という概念もそうだが、彼のヴィジョンを言葉で読み、模型や設計図を眺めることで、その世界観は完成に近づき、建築作品を建築作品として眺めていたのとは段違いの面白さがあらわれてくる。ま、端的にいうと、建築作品だけ見ていたのでは、私は磯崎新にはさほど興味は抱かないと思う。しかし「海市計画」や「ビルトとアンビルト」という言葉を知って彼の建築や設計図を眺めると、まるで映画のような統一された面白さが立ち現れて、今回魅了されてしまった次第で。

あたりまえのことを言っているようだが、しゃべられても全然つまらない表現者というのも存在する。つまらなくなくても、だいたい作品と同じようなことで、聞かなくてもよい、という人もいる。たとえば語ることによって威力が増すのはよくあることではない。そしてこういう芸当は、やろうと思って他人ができることでもない類のことではないかと最近感じている。

そういうわけで一冊磯崎新の本を読みたい衝動にかられているのだが、Amazonではなにが良いんだかよくわからなかったので、とりあえずジュンク堂に行って、対談集を読んでみることにしました。一旦おわり。
# by yourchoice | 2012-04-03 01:33 | 文化 | Trackback | Comments(0)

 

…帰りたい。そして二度と会社に来たくない。と、平日は大体そう思っている。
転職活動も面倒臭い。また一から業務や人間関係にエネルギー使いたくない。
裏を返せば、エネルギーを使ってでもやってみたいとか、
これなら続けられるかもって思えて自分でもチャレンジできる仕事が無い。
だから何もやりたくない。何もやりたくない。何もやりたくない。
ってこんなに思っているのに、なぜか仕事に毎日毎日、行かなければならない。
今の仕事一年半してるけど、この仕事やってて良かったと思ったことはまだ一度もない。
これからあるとも特に思えない。

親から自殺だけはしないでくれと言われて、
まあ親の気持ちからしたらそうだろうなとは思うけど、
生きる甲斐があると思えるような毎日じゃない。
かわいそうだなと思うけど、親。
問題はいっぱいあったけど、大変だったろうなとは思うから。
そして彼女には私が死んでも、
それは彼女のせいではないという整理がつけられないと思うから。
私もできれば親が死んでから死にたい。
まあまだ死ぬ勇気まではないんだけど。

家族も作りたかったし、
ときどきは楽しいと思える仕事にも就きたかったし、
お金の心配をしないですむ生活もしたかった。
でもどれも、何も分からない。
# by yourchoice | 2011-12-13 14:00 | 愚痴 | Trackback | Comments(0)

堪え難きを 堪え 忍び難きを 忍び

あー若い美人にはどーやっても勝てないな。とびしびしと感じる。
まあ勝たなくったっていい戦争もあるよ…(©神川)なんだけど。
勝たなくったっていいんだけど。
自分さえあー生きてて良かったーこれでよかったーって死ぬときに思えれば。

いやー友達の子供とか友達の子供の写真とか見ると、
とても和むし、笑顔になれるし、他人事ながら嬉しかったりするんだけど、
同時にすはーって脱力する。
張り詰めていたものが雲散霧消していく感じ。なんにもなくなってしまう感じ。
そりゃ彼らだっていいことずくめの生活ではないと思うけど、
私は…まだ子供はともかく、何か、何か、悪くない家族っつか、パートナーが欲しいだけなのになぁ…
何をやってるんだろうな…ずーっとずーっと突っ張っててさ…と、消えてなくなりたくなる。
突っ張らざるを得ないような立場で育ってきたからさあ。はあー。

でもさ、「悪くないパートナー」って具体的に言うとさ、
年収400万円以上
×悪くない見た目(平均以上)
×悪くない学歴(地方国公立以上)
×悪くない性格(まともな家族に生まれた)
×…

となるわけでござる。あくまでわかりやすく言っただけで
他にもピンポイントストライクゾーンはあるのであるが、
そういうのは出会える確率が輪をかけて低いので、
一般的な話に落とすとそういうことだろうと思うのでござる。
まあそんなん、そうそうおらんがな。
いても、普通彼女やらなんやらおるがな。
上の基準に当てはまったからといって即OKでもないがな。
(現に職場に近い条件の人いるけど、興味が持てない。
まあ彼女いるし向こうも私に興味ないだろうが)

そして自分を振り返ってみると、
上記条件で当てはまるのは学歴くらいなもんであって。しにたい。

…。

あー若くて美人だったらなー。みたいな。
って、自信満々の年下美女のブログとか見てしまって、ざっくり傷ついた。


とかさ、これから繰り返すっつか、こういうことがいっぱいあんねや。
と思うと、途方に暮れるでござる。これで生きていたいのかって、どうかなあ…。

あーちなみに簿記やはり落ちた。
やはり工業簿記だけ合格点だった。
商業簿記覚えられる気がしない。すはあ。

実は昨日から早起きしてるの。
自分のためになにかよくならないかなと思って始めたけど、もうすでにしんどい。
朝ちゃんと起きれたら好きなおっさんがハグしてくれるとかないと、むなしい。
そんなことあるわけないじゃないですか。普通の人の人生に。な?
そう思うとねーっつかそれが現実だからあーそういう毎日繰り返してっとマジ何もしたくなくなるんすよー丸まっていつの間にか消えてねーかなーって思うんすよーこんなこと書いても良いことないなーって思うんだけど書かずにいられないんすよーわーん。
# by yourchoice | 2011-12-13 10:17 | 愚痴 | Trackback | Comments(0)

僕は金持ちから金を毟りたい

キ ャ ピ タ リ ス ト に 憧 れ て

『僕は君たちに武器を配りたい』は、おそらく一読の価値はあると思うので今度図書館で読もう読もうと思って早二週間ほど(つまり読んでいません。しかし元マッキンゼーが京大生に「武器(そもそも京大生クラスに向かってこの単語の選び方はどうかと思う、だって京大生クラスならば国内にはほとんど「敵」とみなして「武器」を使うような相手はいないですよ、いや読んでないのに言うなよってそうなんだけど。まあ京大生だけに向けた本ではないのでしょうが、相応の人々に向けたものであることは自明)」を配って、社会をどうしようというのかなあ。読む、読むよ近日中に)。

今日は簿記二級の試験を受けてきました。しかし十分には勉強できなかったことが試験前からわかっていたので試験には行きたくありませんでしたw 工業簿記はできたけど商業簿記がよくわかってない。落ちていると思う。あと1時間ぐらいあれば記憶とこじつけでなんとか合格点まで届いたかもしれないなあと思う。ぶつぶつ。まあそんなレベルでは知識が身についたとは到底言えないので詮ないことですが。

なぜ簿記など受けてきたのか。もともと少し興味があったのはあるけど、つまるところ何か転職や収入を増やすのに役に立たんかなと思ってのことです。簿記二級持っててそれを仕事に生かしたいと思っている人は、まあ需要分は十分にいるでしょう。しかしそれでも、私が今すぐ転職に役立つ何か、と思ってできることで思いついたのはそのくらいのもんなので、やってみた。

しかし、私みたいなレベルの労働者でも、なかなかやったことのないジャンルの勉強を仕事しながら続けるというのはなかなかに大変なことでした。少し余裕を持って勉強を始めたつもりでしたが、間に合わなかった。ねー。大変なんですよね、持たざるものが持てるように努力するというのは。しかも、それが役に立つという保証ももちろんない。勉強という行為も、ひとたび社会に出れば祈りにも似た行為なのだと試験時間中に悟りました。特にこういう社会情勢ではね。本人の資質などよりもよほど社会情勢の方が大事なわけよね。当たり前だけど。戦時下で農村の健康な青年男子として存在したら特攻隊になるしかないわけで。

やれやれ(簿記の件は2月に再挑戦することとして、それで無理なら諦めますw)

それでねえ、努力のしようがねえなあと思うわけです。収入をあげようと思ったときに。やりたいことをやるっていうのは、やっぱりある程度お金とかね、財産とかね、ある人の話なわけです、どう頑張っても。だからとりあえずお金を作ってそれなりの暮らしをしていくしかないと(本当は私みたいな貧乏ちょい学歴クラスタは公務員目指せって話なんですが、来年から国一は試験制度改正しやがって、もう私は年齢制限で受けられないのね、唾棄。日本は本当にこういうところが息苦しい、やり直しきかない)。

とくに何もやりたくないわけですけども。今儲かってるところで泡銭稼ぐのが手っ取り早いのかもしれない。モバゲーやグリーとか、ITで活きのいいとこ。しかしまったくその辺に興味が持てなくて無視していた(プログラミングとか技術的なことができたら将来いいかなとは思うけど労働環境や適性を鑑みるに向かない)けど、あれって「バカから金をむしり取る」商売だよねーっていうのをTwitterで読みまして、はたと膝を打ったわけです。そうかー。考えてみればモバゲーやグリー、やったことないけど、CM見てる限りは、パチンコと大差ないものだよねえ。まあそういう商売をしたいとは私は思えないわけ。モバゲーやグリーで幸せになる人がいたとしても。そこはある意味私の器の小ささでもあると思う。それでしばらく忘れていたんだけど、私はずっと「金持ちから金をむしり取る商売」をしたかったんだなあと再認識したんだよねえ。金持ちにもっとお金を使ってもらわなければ仕方がないと思うのね、この世の中。貧乏人は自転車操業でそこはゼロサムだから。でもそれは「バカから金をむしり取る」よりはずっと難しいことなんだと、やっと気がついたんですよねえ。

やっぱりやたら儲けるということは、騙すことなわけです。そんなら金持ちよりバカな貧乏人からむしり取ったほうがずっと労力がかからない。ここまで「バカ=貧乏」「賢い=金持ち」を一緒くたにして話してきましたが、バカな金持ち、もいようけれども、貧乏人の方がずっと数がいて比較的には判断能力が無いし、もしものときにも訴えるなどの手段を知らん人が多いし、そういう傾向は確かにある。つまり「金持ちから金を奪いたい」なんていうのは今の私には雲の上の話なんだと思って、自分に呆れ、振り出しに戻る。

それにしても間隔が空くと、考えばかりたまっていざ書いてみるととっちらかっていてやはりよろしくないね。バランスを取らなくては。
# by yourchoice | 2011-11-21 01:34 | 社会 | Trackback | Comments(0)

掃除の効用

先月末に友達が泊まりに来るっていうんで、
段ボールでいっぱいの部屋を片付けたんですよ。
引っ越して1年以上になるんですけど、ずっと悶々としてたんで、
ぶっちゃけずっと段ボールが堆く詰まれたままだったんですよ。
それを片付けてですね。

それで、今のところまだきれいなままになってるんですけど。
すごいもう今人を呼びたくて仕方がないんですけどね。
なんか部屋がきれいだと、よけい寂しいような気もして。
まあ近所に友達が少ないんでなかなかそういう機会ないんですけど。
それで、大掃除の後も、手持ち無沙汰になるとちびちび掃除を続けています。
あのーなんでしょうね、掃除っていうのは。いらんもんをなくすと、
ああ私に必要なのはそんなに多くのものではないんだと思います。
もっと捨てたいねえ。本や服はなかなか踏ん切りつかないんだけどねえ。

なんか片付けてから、私はどこで生活したいんかとか、どこで死にたいんかとか、
よく考えるんですけど、ぜんぜん答えが出ないんですよね。候補も特にない。
行きたいどこかがあるわけでもないし、
といってここで暮らし続けるのはそれはそれでつらいものがあるなと。
強いていえばデンマークやイタリアで暮らしてみたいけど、
とっかかりがわからないし、今以上に孤独になる気もするし。

やはり誰かと一緒に暮らしたいね。なるべく好きな人と暮らしたいね。
そんならどこでもある程度かまわないのだけどね。現実味のない夢だね。

それで、今日ついにプリンタをちゃんと出して、パソコンに接続して、
スケッチブックで下書きして、スキャンして、フォトショップでいじった絵。

# by yourchoice | 2011-10-16 02:38 | 戯言 | Trackback | Comments(0)

ブランド

ファストファッションはあまり好かんのですが、わりと低価格帯の服チェーンとしては、私は無印にけっこうお世話になっています。うちのカーテン、布団カバー、ゴミ箱は無印。いやほとんど服飾関係は買わないんだけど、まあまあ無印ブランドは使っています。昨日も化粧ポーチを買いに無印に行きました。そこで、店内の新商品アナウンスで、「私たちは情報に囲まれて生きているけれど、立ち止まってほしい。無印は長く使えるものを作っていきたいし大事に使ってもらいたい」みたいな文句があったんですよ。そこではっとしましてですね。

無印みたいな価格帯の店では、まだおそらくそれなりに薄利多売ではないかと思います。家電家具はお値段張るのもあるけどね。だからそういうスロー啓蒙なことは普通なかなか言えないのではないかと。ユニクロでしたらまず言えないと思います。

ちょっと脱線するが、こないだここ数年のユニクロの客単価を調べたデータを見ました。すると、衣料品では「ユニクロ一人勝ち」とか言われているけど、客単価は横ばいなんです。つまり客が多くなっているのは確かなんだけど、少なくともここ数年、ユニクロの価値が個々人の中で上がったわけではないということです。その点でユニクロは価値を創造できたわけではない。そのことに私は安心しました。なんか嫌なやつみたいだな、まあ服に関して厳しいのは認めます。ユニクロをよく思っていないのも認めます。だからね、やっぱりユニクロの戦略はブルドーザー方式またはリクルート方式であって、あまり思想があるもんじゃないなあと。なくったって世界が動けばそれで良いといえば良いし、素晴らしい理念であってもろくでもない結果になってしまうことはいっぱいあるけれどもね。

でですね。無印には一応芯がある、思想があると思いました。で、堤清二のことを思い出したのです。

堤清二はセゾングループの代表を務めた人です。この人は企業経営者としては多少異色の経歴を持った人だろうと思う。西武グループの御曹司として生まれ(正確には出生当時は妾の子でした)、東大出で文筆家としても活躍しており、教養のある人でした。経営者だったけれども、おそらくビジネスよりもいわゆる文化に価値を置いていた人です。

この人は経営者となってから、1980年にリブロポートと無印良品というブランドを作りました。リブロポートはもうなくなってしまったのですが(本屋としてはまだリブロという名前が残っているけれども)、芸術・文学関係の良作が揃った出版社で、堤清二の影響が伺えるラインナップでした。ちなみに私は中学生のころかなあ、五味太郎のエッセイ集『ときどきの少年』(現在はブロンズ新社より再販)を買ったときにこの出版社を知りました。このエッセイ集がまた平易ながらなんとも味のある文章で、現在に至るまで何度も読み返しています。ただ決して出してすぐ売れるような感じじゃないんだよね。五味太郎の少年時代の話が綴られているんだけれども、非常に語り方が静かで、描写されるできごとも当時の人々にはさして珍しいことではないと思われます。装丁も素敵だけど地味。あのー少年少女が読むにしてもなんていうか『君たちはどう生きるか』的な派手な話じゃない。あ、そう、私受け取り方がある程度規定されてる本ていけ好かないんだなあ。ええとしかしその『ときどきの少年』は音読したくなるような文章なので、再販も納得の良い本です。で、リブロポートはそういう感じの本を企画出版するような会社だったと思われます。

ええと話を戻しますと、無印良品も、堤清二が田中一光と「脱大衆文化」を掲げてできたブランドでした。ここで脱大衆というのは、大量生産大量消費のことを指していると思います。彼は、資本主義は消費社会を乗り越えなければならない(「文化生産者としての資本主義」『岩波講座 現代社会学21 デザイン・モード・ファッション』岩波書店、1996)と言っていました。人間の可能性は文化生産にあるがしかし、消費社会には文化生産性がない。今消費社会は変革のときにきており、文化生産性を担保できるシステムならば資本主義を乗り越えてでもそちらへ向かうべきと考えていたようです。

誕生して30年、それが今でも受け継がれているブランドなんだなーと、冒頭のアナウンスを聞いて感心したのであります。

まあだからそういうのを続かせるには、多くの資本と教養が必要なんだよなあと。そしてもう少し言うとですね、彼が正妻の子で堂々と育てられたら安倍晋三みたいになってたと思うんだよね。妾の子で親父との確執があってサブの立場を経験していたからこそ、ああいう人になったのではないかと私は解釈しています。思想は本来そのような辛酸(いや十分に恵まれた人生だと思うんだけどさ)を糧に培われることが多いと思う。

そんな週末。ハロー、ブルー・マンデイ。
# by yourchoice | 2011-10-03 01:20 | 文化 | Trackback | Comments(0)

私はライトにしかし確実にヤニーズなので、
やはりタバコ増税には納得が行かないのである。
タバコの代わりになるものがあればいいですよ。あれば。
しかし単に健康のためにタバコをやめましょう!
ってんでタバコがやめられるなら、ハナからのんでませんて。
タバコ増税してもあまり増収にはならないと思う。
今はもう吸う人減ってますから。

その波及効果としては、公共の場の灰皿を少なくできて設備費や清掃代が浮くとか、タバコ屋や喫煙具屋が少なくなるとか、そのくらいしか考えられんのですがね。結局なんだというのだろう?本当に知りたい。

タバコが(吸いたいのに)吸えなくなったとき、私はどこへ行くのだろう?よくわからない。今吸ってる人は1ミリでなければ、500~600円ぐらいになってもやめないと思うけどね。私も他の要因が絡んでこなければ、値上げだけではやめないと思うね。1000円になっても、たまには買うと思いますね。つうか、そんなに健康を増進したいのであれば、生産をやめりゃあみんなやめざるを得ないわけで。そんなにやる気があるのであれば、タバコ生産中止に伴う失業者の雇用を他で確保して、で一掃しろよと思うんだけど。増税増税って、そういう真綿で首を締めるようなところがどうも陰湿に感じて私は嫌だね。

食べる量が増えるのかなあ。お茶をいっぱい飲むのかなあ。肌がきれいになるのかなあ。まあ臭くなくはなるわなあ。でもどーしてもダムドな、やるせないときに、タバコ以外で今何が私を受け止めてくれるんだろとも思う。うんタバコやめたらアベユウキがあなたを受け止めてくれます!っていうんだったらやめますよ。うん。
# by yourchoice | 2011-09-29 21:13 | つぶやき | Trackback | Comments(0)

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